インタビュー Vol.74

永遠のまえのこの一瞬を耽美な世界で彩る稀代の作詞家

松井五郎

 

作詞家を志したのは

作詞家は職業として入社試験があるわけではないし、実は若い頃に作詞家になりたいとか音楽の仕事をしたいとは思ってなかったんです。例えば、クラシックの音楽家ならば、音楽学校などで専門的なことを学んだりしますが、RockやPopミュージックは、かつてはどこか不良がやるようなイメージをもたれていた時代でしたから、志すというようなことではなく、好きなことを続けてきた延長線なんです。ただ書くことは好きで、その熱量は高かったのかな。将来の目標をもって書いてきたわけではないてけれど、一作一作を夢中になってやってきた結果が今につながっているのだと思います。
 

作詞家としてのはじまりは

まずはヤマハ主催のポビュラーソングコンテストの出場がきっかけですね。何度かエントリーしましたが、最終的には落選して、バンドも解散してどうしようかなと思っていた時に、同じコンテストに出場していた杉山清貴君と出会って、杉山君と書いた詞でまたポプコンに応募することになり。その時の詞を見たプロデューサーの山里剛さんが作詞をしてみないかと声をかけてくださって、チャゲ&飛鳥の作詞をさせて貰えたんです。


 

中学生くらいから詞を書きためていたとか…

詞とは言えない落書きのようなものですね。映画が好きだったので、詞というよりも、例えば架空の映画のタイトルを考えたりとか、スクリプトや物語を書いたりとか。想像するのは自由なので、空想癖が強い子供でした。その後、映画の中にサントラとしてRockが流れ始め洋楽を聴くようになり、英語はよくわからなかったんですが、イメージで歌詞をつけてみたり。音楽の詞としてはそこが原点かもしれませんね。
 

言葉を生業としていらっしゃるので、相当の読書家なのではないでしょうか

本はあまり読まないですよ。一冊読むのに時間がかかるでしょう(笑)映画を観たり、音楽は良く聴きますけれど、基本的に小説も歌詞もそうなんですが、誰かが作って出来上がったものは、それが凄くいいと思っても、真似するわけにいかないですよね。自分の感性で考えなくてならないので。どちらかと言うと、言葉じゃないものを言葉にしていく作業なんです。まだ言葉にはなっていないものを捕まえる。そんな感覚ですかね。
 

詩集もたくさん出版され、ほかにも銀河朗読団のポエトリー・ミュージック・シリーズの活動もされていらっしゃいますね。

言葉のパフォーマンスとして朗読に興味があって、銀河朗読団をはじめました。以前はメンバーを集めライブもやっていましたが、現在は作品だけ活かし、機会があればという状態です。詩集に関しては、歌詞とは違うアプローチとして形にしたという事で。歌は歌ってくれる方がいないと成立しませんが、詩は単独の作業でも形にできるので、やってみようと。


出版されている詩集の一部、および対談集

音声・映像ソフト化された朗読作品

 

『GORO MATSUI SONGBOOKS』シリーズをはじめたきっかけは?

アーティストが引退したり、亡くなられたりすると、作品はどうしても置き去りにされます。勿論ヒットしてスタンダードになれば、覚えていてもらえますが、すべてがそういう訳にもいかない。それに、アルバムの収録曲とか、あまり皆さんに知られてなくても、自分としてはもっと聴いてもらいたい曲もあったり。ただ、そういう機会はなかなか来ない。作品をわかっている作家が動かなければ、と思ったわけです。大きな企画にして数年に一度というより、これまで出逢ったできるだけ多くのアーティストと再会したい思いもあり、更に機動力や集客とバジェットの事を考えると、自分ひとりで負いきれる範囲でスタートしようと、ライブハウスでの企画にしました。
 

3200曲ともいわれている松井先生の作品集はどの歌もすべて愛おしいと思いますが。39年間に生み出した全ての音源データをお持ちということも含め、作品に対しての深い愛を感じました

音源データはパソコンで管理しているので、検索すれば、すぐに取り出せるようになっています。歌詞もデジタルで保存していますが、もしものことを考えて製本して保存もしてます。アナログレコードの時代からですから、昔の作品は持っていなかったものもあり、ネットオークションで買ったりしました。
 

平原綾香さんは先生からご覧になられてどういうアーティストさんでしょうか

お父様の平原まことさんがサックスプレイヤーで、かつて安全地帯のツアーの時に一緒だったりして、小さい頃に見かけていましたので、最初はあの少女が!という感じでした。その頃は想像もしていなかったです。その意味で綾香さんが最初に「明日」という歌を歌ってくれたということも運命的なものを感じています。普通は自分のスタイルをつかむと、それを維持させようとする歌手も少なくないですが、彼女は常に進化していく、ポテンシャルの高いシンガーだと思います。
 

松井作品と言えば、安全地帯・玉置浩二さんとの楽曲についてファンは聞きたいところだと思いますが。玉置さんと松井先生が一緒に作られた曲数はなんと200曲近くも作られていらっしゃるそうですね。玉置さんにはどのような印象をお持ちでしょうか

歌唱力や表現力というのは、努力すればなんとかなるものだと思いますが、与えられた声だけは変えようがないんですね。その声を持っているだけで99%の宝物を与えられているようなもの。逆にどんなに技術があっても、それが無いが故に苦しむ歌手はたくさんいます。そういう意味では唯一無二の歌手だと思います。そういうアーティストと出会えてたくさんの歌を創ることができたというのも、自分にとっても大きな財産です。
 

『熱風』でデビューされた松井先生ですが、CHAGE and ASUKAさんに関しては

二人とも、僕がデビューをさせてもらった恩人でもありますし、年齢も同じで同期という感じですが、色々な事があるのはあたりまえで、それでも前に向かって歩いている姿は励みにもなります。
 

常に創作し続けるメンタル的なコントロールは

肉体的な変化に対して精神のバランスを取るのは普通の人でも大変ですよね。音楽の作り方や聴き方も加速度的に変化する中で、基本楽しめているかどうかは自問自答しています。それが「しなくてはならない」ではなく「したいこと」であるために必要な事はなにかを考える。音楽以外でも刺激を求めて行動をするのは大事かもしれませんね。


 

作風というのは年代ごとに変わってきていますか?

自分では良くわかりませんが、その時その時のベストを尽くしているとしか言いようがなくて。松井五郎風というのもあるとは思います。ただ、スタイルは大事ですが、それが段取りになってしまうと違うなと思います。幸い、曲や歌手が変わることで、色々なアプローチが求められますし、自分が飽きずに書ける事は大事ですよね。
 

創作を続けていく上で、現実の壁とはどう向き合っておられますか? 心がけていらっしゃることがあれば。

壁を越えるためには迷惑にならない範囲での熱量の伝え方は必要だと思います。努力と言ってしまうとそれまでですが、もっともっとという気持ちをできるだけ形にしていく意識は必要かもしれないですよね。自分の話ですが、僕が初めて安全地帯の仕事をした時、最初1曲しか依頼されていなかったんですが、頂いたデモテープに10曲入っていて、僕は10曲全部に詞を書いて見て頂いた。それはその歌と声にほんとうに感動したというのもあり、その気持ちをただ伝えたかった。でも、そういう熱量がなにかを変えていくと思いますよ。もし、それでもという場合は、やはりまだなにかが足りない。それだけのことかと。
自分が辛い思いをした時を逆算して上手くいかなかったことの理由を探していく訳ですが。締め切りより1時間遅くなってしまったことで、自分より1時間早く仕事ができるひとに今後は仕事がいくかもしれない。僕らがどういう人に必要とされるかということを考えると、誰よりも早く、誰よりも上手く、誰よりも良いものを創ることが出来るということが大前提として凄く大事なことだと思いますね。そもそもがサービス業なわけですから、安かろう悪かろうではダメですが。更に言えば好きなことをやらせてもらってるわけですし。
起用してもらうための準備は常にしておかなくてはいけないし、それが上手くいかない場合は準備が足りないとかタイミングだと思いますが、それに備える努力は必要かな。簡単なことを沢山やっていけばいいだけだったりもするし。それが面倒臭いと思ったらそれまでで。単純に目でみてわかるやりかたですね、10個書いてダメなら20個書く。20個書いてダメなら50個書く、それでもダメなら100個書くという。
 

いま注目しているアーティストはいますか。

いまミュージカルにも出演していますが、21歳の田村芽実さんですね。彼女の作品とか表現力はとても興味深く見ています。演歌の山内惠介君と竹島宏君や、キャリアを重ねて頑張っていらっしゃるアーティストの方達と作品を創り続けるということは楽しくもあり、ずっと夢の続きを生きているような感覚ですね。


 

松井先生の今後の目標は

例えば僕が小学校6年生くらいの時にヒーローだった加山雄三さんの歌詞を書くなんて当時は思いも寄らなかった。弾厚作:作曲、松井五郎:作詞「Dreamer~夢に向かって いま~」なんて僕にとってはほんとうに夢のようでした。そういう事が現実になったのも、たった一曲の歌を作れたことからはじまったわけで。平原綾香さんとの出逢いもそうですが、未来はいつもなにが起こるかわからない楽しみがある。ですから、目標はまずいまベストを尽くして喜んで貰えるものを書く!! ですかね。
 

『GORO MATSUI SONGBOOKS vol.12』の魅せどころを

まさに僕と平原綾香の歴史ですね。これまでの集大成をピアノと歌というシンプルな形で歌うこともなかなかないと思います。ライブであまり歌ったことのない楽曲もありますし、きっと新しい発見があるのではないでしょうか。そういう意味でもプレミアムなライブになると思います。GORO MATSUI SONGBOOKSは自分が作った作品への感謝という目的もあるのですが、一期一会の通り、皆さんが作品とめぐり逢ってほしいと思います。
 

私の日課は松井先生の最もミニマムな短編を読むこと。その文字数は最大280文字。松井先生の日々のツイートは生きるためのアドバイスをくれる名言集。先生が関わってきた数多くのアーティストたちへの思いや作品の感想などが綴られている文字をまとめていくと、まるでオムニバスの短編集のようです。歌詞もそうですが、行間に潜んでいる言葉の意味は、役者が演技をする台詞の卜書きに似ている。
先生のご趣味は砂時計のコレクションだそうで、ご自分でもデザインして職人さんに作っていただくほどのマニア。ある雑誌のインタビューの中で「普段時間に追われる生活をしているけど同じときは二度とない。見えない時間を形にして収集する。砂時計は過去、未来、一瞬落ちていく現在を示しているのがすごく面白い。これぞ究極の贅沢かもしれない。」と語っておられました。ときが巡り会わせてくれた、平原綾香さんとの初共演で2日間、少しだけセットリストを変えてお届けする。

【2018年10月4日 松井先生のツイートより】
 自分の軸が
 ぶれていないか
 確認できる歌が
 いくつかある
 平原綾香さんの「明日」も
 そんな一曲
 その歌を作った時の気持ちを
 今も失わずにいるか
 初めて聴いた時の気持ちを
 忘れていないか
 ちゃんと自分に向き合わなければ 

松井先生の偉大なる業績の一ページを平原綾香さんの歌で紐解く、夢の続きをぜひご堪能ください。

 

インタビュアー:佐藤美枝子
許可なく転載・引用することを堅くお断りします。

松井五郎

1957年生まれ。1980年ヤマハポピュラーソングコンテスト出場を機に、1981年CHAGE and ASKAで作詞家スタート。以後、長渕剛、安全地帯、氷室京介、HOUND DOG、工藤静香、郷ひろみ、田原俊彦、鈴木雅之、吉川晃司、光GENJI、V6、矢沢永吉、ビリーバンバン、五木ひろし、田村ゆかり、水樹奈々、平原綾香、森山良子、KinKi Kids、AAA、Begin、杉山清貴、岩崎宏美、稲垣潤一、MAX、中村雅俊、山内惠介、Sexy Zone、坂本冬美、中山美穂、玉置浩二、竹島宏など(順不同)など幅広いジャンルのアーティスト、更にアニメや特撮、また、パク・ヨンハ、東方神起、SS501など韓流アーティストにも多くの作品提供を行う。2019年現在までに3200曲を越える数の作品を手がける。2009年「また君に恋してる」(坂本冬美)でレコード大賞優秀作品賞。2010年同曲で特別賞、JASRAC賞・銅賞を受賞。2018年「さらせ冬の嵐」(山内恵介)「恋町カウンター」(竹島 宏)でレコード大賞作詩賞など受賞。「さらせ冬の嵐」(山内恵介)で藤田まさと賞受賞。NHKアニメ忍たま乱太郎主題歌「勇気100%」は1993年放送開始以来25年間ジャニーズのアーティストに歌い継がれ、現在も続いている。
【GORO MATSUI SONGBOOKS これまでの主な出演者】
崎谷健次郎、安部恭弘、井上昌己、中西保志、光永亮太、荒木真樹彦、杉山清貴、池田聡、森恵、和紗、中西圭三、奥村愛子、ミトカツユキ、Baby Boo、山本達彦、BEGIN、Chage、根本要(Stardust review)、森川美穂、米倉利紀、露崎春女...