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インタビュー Vol.52
日本のShow Biz界に常に新たな旋風を巻き起こすタップの奇才!
玉野和紀

●日本のショウビズ界の大御所、玉野さんとお仕事をご一緒させていただくのは夢のようですが、今回の“One Night Dream”への意気込みなどをお伺いできればと思います。まずはじめに、小さいころはどのようなお子さんでしたか?

おとなしかった方ですね。あんまりしゃべらなかったような。妹がいて、親戚も女性が多かったですね。自分は運動するのが好きで、かけっこではいつも一番でした。スポーツが好きでしたし、とにかく飛んだり跳ねたりするのは好きでした。

●それが将来に志すタップダンスにつながるのかもしれませんね。

私達の子供時代は、踊りをやっている人なんてほぼいなかったですね。家系としては教師が多かったです。

●玉野さんがなりたかった職業は?

なりたいものって変わりますけど、小さい頃はプロ野球選手になりたかったです。成長していくと、だんだん自分に向いているものとかがわかってきますよね。ちっちゃいながらも運動神経が良かったですが、中学生になるとだんだん体格差が出てきて、単純に走るだけでは負ける様になってしまいました。なので、徐々にボール使ったバスケなどの技術系の方が得意になりましたね。

●タップは?

習い事としては最後の方ですね。高専では化学科でしたので、将来は薬でも開発するのかなとか思っていました。時代が水俣病とか、公害で色々なことがあったので、人のためになりたいとも思っていましたが、卒業間際に俳優になりたいと思ってカバンひとつで上京して、最初は養成所に入ることを目指しました。松田優作さんに憧れて文学座を受けました。その当時は俳優がブームで、上智大で試験がありまして、相当な人数が受けたみたいですよ。自分は演劇なんてやったことがないのに受かるものではないですよね。有名な劇団は、試験が同じ日なので重ねて受けられないですから、一年も待てないので、大きいところで俳協(東京俳優生活協同組合)というところを受けて二次試験が受かった。俳協の授業でバレエやダンスをやったりしていました。そこにはミュージカル同好会があり、試験があるので頑張って踊っていたら、踊りがいいからミュージカルやれって言われ。ミュージカルはチャラチャラした感じで嫌いだったんです。演劇として現実的じゃなかったので。そこは子供ミュージカルとかをやっていて、ギャラがでるよっていうので、バイトするよりいいじゃないですか、徐々にミュージカルにでるようになりました。ミュージカルに興味を持つようになって、ビデオなどで「ウエスト・サイド・ストーリー」、「雨に唄えば」を観て、これがミュージカルなのかと。「雨に唄えば」のジーン・ケリーを観て、タップだけやっていないなと知って、フレッド・アステアとかも色々と観るようになりました。これは凄いなって。そのころ僕は声楽・バレエ・ジャズなどもやっていて、タップだけやってないなと。たまたま劇団の先輩が日曜日にレッスンをやっているというので、遊びに行ったのがきっかけでタップを始めました。

●養成所ってバレエなどは教えていますけど、タップはどこもないですよね。

そうですね。必須ではないですからね。

●俳協の演出家はどなたか憶えていらっしゃいますか?

お世話になった手塚先生です。

●どちらかというとその時代はミュージカルより、新劇やアングラなどの方だったのですよね?

そうですね。突っ張っていましたけど、どこかミュージカルは好きだったのだと今は思いますね。母親が映画が大好きだったので小さいころから一緒に観に行っていました。スクリーンでは、石原裕次郎さんやクレイジーキャッツさんとかみんな歌っているじゃないですか。植木等さんの「サラーリマンは~♪」と歌っている。ああいうのを自然と観ていたので、映画をやりたいなとは思っていました。でも今、唯一映画だけはやったことない。不思議なものですね。そして以前所属していた事務所でショーをやるようになり、それから徐々にミュージカルをやるようになりました。

●最初は敬遠していたものが、すっかり虜になってしまったわけですね。

結局、お芝居ってウソだよってはっきり言えるようになりましたから、前は死ぬ場面は本当に死ぬぐらいのリアリティが必要なんだって思っていましたからね。本当に突っ張っていましたね。でもそれから時間が経ち、舞台上の手法は伝える為なら何でも有りだなって、考え方が180度変わりました。

●ある意味好奇心も人一倍強かったのでしょうね。いろんなところで観たり聞いたりすることを吸収していく。

なんでもやりましたね。社交ダンスも一通りやったし、タンゴも習いました。やってみないと人間の可能性がどのくらいかわからないじゃないですか。いっぱい扉を開いたことでタップに出会えたわけで。例えば、主婦でも歌を歌ったら凄い人がいるかもしれない。若い人に言うのですけど、何かやりたいんだったらなんでもやってみなよ、と。必ず一つは人より優れていることが見つかる。自分の才能を見つけにいくかどうかだと思うんです。例えば舞台であれば演者だけではなく音響や照明などのスタッフの仕事かもしれない。その組織の中で何かしらコレというのが見つかる。神様はみんなに何らかの才能をくれていると思います。

●20代でニューヨークに行かれて武者修行という感じですか?

デューク・エリントン・オーケストラとの“ソフィスティケィテッド・レディス”に衝撃を受け、それを創っているのがヘンリー・ルタンという人だと知って、「コンコン!」とヘンリーを尋ねていきました(笑)。20代は怖がることなく何でもできましたね。ビデオがまだない時代、NYに行かないとわからない。NYに行くと言うと、みんなが「えー!日本に帰ってきたらステップとか教えて」となるぐらい珍しいことでした。

●ブロードウェイのダンス・スクールに行ったのですか?

BDC、STEPSという二つは有名。時間割があってワンチケットで誰でも受けられます。ランクはいろいろありますね。難しくてできなくてもNOとか言われない。そのかわり教えてくれないかもだけれど(笑)。タップはヘンリーのスタジオに行っていました。

●ヘンリー・ルタンさんは凄い方なんですよね?

そうですね、グレゴリー・ハインズも育てて、タップダンス映画「タップ」でピアノを弾いているおじいちゃんがヘンリー・ルタン(笑)。踊っているおじいちゃん達もまた凄いですからね。ジミー・スライドなんか滑りながらタップする、とてもマネできない人です。

●おじいちゃんのタップって味があっていいですよね。

タップって年齢いってもある程度できますね。サミー・デイヴィスJr.は、素晴らしいですよ。今回彼の十八番の“ミスター・ボージャングルス”は是非やりたいですね。グレゴリー・ハインズも崇拝していて、彼の靴にキスしていたこともありましたね。

●苦労したぶん身についてるっていうのがありますよね。1986年の映画「ホワイト・ナイツ」というミハイル・バリシニコフとグレゴリー・ハインズが出ていましたが、あれは凄く感動しました。

映画「コットンクラブ」(監督フランシス・フォード・コッポラ)はもうちょっと前ですよね。あれも振り付けをヘンリーがやっていました。ヘンリーのスタジオで「コットンクラブ」の階段が転がっていたので、それをひっぱりだして、そこでステアー・タップの練習していたんです(笑)。「コットンクラブ」シーン○○とか書いてありましたね。携帯電話でもあったら撮っておきたかったですけど携帯電話がない時代ですからね(笑)。でも昭和のアナログな時代を生きてこられてよかったなとも思っています。現代はとても便利になっていますが、そのうち、ロボットが全て作り出したことがパーフェクトに出来たとしても、そこに感動はないように思います。血が通った人間が100%を目指してやるというのが、意義や意味があるように思いますね。

●豊富な経験とキャリアで、ダンサーでもあり構成、企画、脚本、演出とオールマイティにこなす凄いクリエイターに駆け上っていかれましたね。

自分だったらこうすると思い、色々とやるようになり、気が付いたら全部自分がやるようになっていましたね(笑)。

●毎回の作品で「生み」の苦しみってありますよね。

いつもそういう苦しみはありますよ。今回はいつものメンバーもいるので助かっていますが。慈英は昔、俺がNY行くけどお前もこい!って冗談半分で行ったら、「本当に行けそうなんだけど」って(笑)。「え!マジ!?」って言ってNYへは一緒に行ったことあります。

●本当に仲良しなんですね(笑)。

仲良しというか(笑)。NYは僕の5日後ぐらいに本当に来ましたね。9.11の翌年、2002年に行きました。

●そういう阿吽の呼吸でいけるわけですね。

そういう同志。「今回曲が多すぎる!」ってなったけど、ゲストなんだけど「たのむ!」って言ったら事情を分かってくれて(笑)。いまどうやろうかって考えています。楽しみですよね。このメンバーでやるなら。創り手としては色々とイメージが膨れ上がっていって!

●最後にゲストの皆さんのご紹介をしていただいてもよろしいですか。

川平慈英さんはいい人ですよ。それを言ったら「だろ!」ってなるからな(笑)。ショーになったら魅せるということに関しては右にでるものはいないですね。歌もうまいし。ハートを持っている。同志でもあるし。友達って誰だろってなったとき、慈英かなってなりますね。ショーを色々と一緒にやってきましたからね。一番やってもらいたいなって思うのが慈英ですね。彼がいると笑顔になりますからね。
シルビア・グラブさんは若いころから知り合っていて。自分のところにタップのレッスンも来ていて、すごくうまくなりました。もともと魅せ方がうまいし、歌は抜群だしね。年齢を重ねていってますます素敵になっています。
東山義久さんは、一緒にやってきたな仲なので、一言頼む!と言ったらわかりました!と任せられる。真ん中に立てられるやつですね。このシーン任せた!とお願いできるやつですね。調度この時期、本番ギリギリまで海外に行っているので、無事帰国してくれることを祈るばかりです。
大貫勇輔さんの、ダンステクニックは抜群です!世界でやっていますからね。自分が演出した「ピーターパン」では世界最年少のフック船長もやりました。今回は生のビックバンドとのコラボを本当に楽しみにしているようです。
龍真咲さんは今回初ですが、宝塚の男役トップスターでしたしスタイルもいいし魅せることに関しては動じないでしょう。期待しています。
川島ケイジさんは優しい雰囲気で見た感じなんでもできそうな感じだなって。もちろん歌手なので、その歌声には期待大です。
寺井尚子さんは世界的なヴァイオリニスト。以前NHKで一緒にやったことがありますが、今回のコラボをどうするのか、即興の醍醐味はワクワクしますね。これからちょっと打合せしてやるってことになるのでしょうけど。一日限りのセッションなので今回のメンバーは本当に贅沢ですね。

●最後に一言。

ビッグバンドでやるというのはなかなかないですから、ジャズ・ファンだけでなく、ミュージカルファンにも観てもらいたい。一発勝負ですがみんなショーマンなので楽しみです。

国内でも沢山の素晴らしい演出・脚本家はいますが、玉野さんのように一人ですべてを創り上げ、ダンサーとして踊り、演じるクリエイターはいない。玉野さん自身がTAPそのものであり、タップダンスを広め牽引してきた第一人者です。玉野さんから声がかかるのを待ち望んでいるアーティストは大勢いるはず。玉野さんの数々の公演はシリーズとして何年も継続開催されるものが多く、時代を先読みし、高い評価を得て、観客に支持されている作品が多いことの表れだと思います。マリアートスタジオ30周年記念の本年、未来に羽ばたく夢多きダンサーと日本の頂点を極める実力派が一堂に会してのスーパー・コラボレイト・ショーはまるでエンタメの遊園地みたいに楽しさ満載です!! お陰様で夜公演が即日完売となり、急きょ昼公演も開催する運びとなりました。ビッグバンドジャズとの共演はワン・ナイト・ドリームがワン・デー・ナイトになりましたが、是非、一瞬の動きをも見逃さないよう、その感動を心のポケットに詰め込んでお持ち帰りいただきたいと思います。

インタビュアー:佐藤美枝子
カメラマン:sunny

玉野和紀 / 国立宇部高専化学科卒業後、86年NYに渡米。帰国後ミュージカル、ショー、ライブで活躍。92年よりオリジナルミュージカルやショーの作・演出・振付を手掛け、高い評価と人気を得る。又日本を代表するタップダンサーとしても様々なシーンで活躍。近年の主な作・演出・振付・出演作品に「クロスハート」「CLUB SEVEN」シリーズ「GEM CLUB」「道化の瞳」「私のダーリン」等。又「ピーターパン」(2014~2016年)の演出・振付・上演台本を担当。「小林幸子50周年in武道館」の総合演出、「サットンフォスター来日記念」「黒木瞳30周年」「松坂慶子」「水夏希」「姿月あさと×マテ・カマラス×伊礼彼方」等のコンサート構成・演出・振付を担当するなどオールラウンドのエンターティナーとして注目を集めている。「THE TAP GUY」の脚本・演出・振付にて 第34回菊田一夫演劇賞受賞。

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