レポート Vol.3
「Sing For You Vol.2」ジャズ・ヴォーカルは素晴らしい
理事 廣瀬 禎彦


ジャズは素晴らしい。なかでも、ジャズ・ヴォーカルは特にすばらしい。ジャズの美しいメロディとリズムに愛を述べたり夢をかたったりする歌詞が絡むからである。ヴォーカルの入ったジャズはヴォーカルが主役、インストルメンタルが伴奏、というだけではなく、ヴォーカルとインストルメンタルとの共演であるところがその楽しさをいっそう大きくしている。


今年もまた、ジャズ・ヴォーカル・フェスタが10月20日、渋谷にある大和田さくらホールで開催された。日本ポピュラー音楽協会の主催で、25人の全国で活躍しているジャズ歌手が一堂に会する日本最大のジャズ・ヴォーカル・イベントである。今年は昨年の同じ時期に開催された第一回に引き続き、二回目の公演である。


25人の歌手は、上里知巳カルテットのバックに乗せて、それぞれ一曲だけ歌うという贅沢な企画である。25人のジャズ歌手の歌を同じ環境で一晩に聴くことができるので、一晩で日本のジャズ・ヴォーカルの全体を楽しめるだけでなく、その水準も知ることができる得難いイベントである。


今年、特に良かったのは、締めくくりに細川綾子さんの歌う二曲が聴けたことである。
細川さんの歌った“Desperado”と“Mack the knife”はまさにジャズ・ヴォーカルの歌い方のお手本となる素晴らしいパフォーマンスだったので、聴衆が楽しんだだけでなく、当日出場したヴォーカリストにとってもとても参考になったはずである。


日本人がジャズを歌うときに致命的なむつかしさがある。それは歌詞が英語である、というところである。歌は文字をつたえるのではなく、音を伝える。しかも、その音で表すのは言葉の持つ意味だけでなく、その言葉を発して感情も伝える。ひとつのフレーズの言葉ひとつひとつは同じ重さではない。フレーズのなかで伝えたい言葉は一つだけのことすらある。“I am a boy”は「アイ・アム・ア・ボーイ」と言葉を均等に伝えるのではなく、伝えたいのはボーイだけである。細川さんの歌われた“Desperado”によい例がある。この歌で伝えたい言葉をひとつだけ選ぶとしたら、最後に出てくるRainbowであろう。人生、つらいことなどいろんなことがあった。でも、いずれ自分の人生にも虹が見える時がくるだろう、こんな意味のうたであり、そのエッセンスは虹が見える時がくることを夢見て人生を送っていこうとする気持ちである。
この歌ではRainbowという言葉を聴いたとき、ジーンとくる。この“Desperado”のように歌には伝えたいメッセージがある。歌詞は多くの言葉で綴られているがそのなかで歌が伝えたい言葉を歌手を通じて伝えることができるのがヴォーカルの良さであり、ヴォーカルほどそれが的確に表現できる方法はない。歌手としての大事な仕事のひとつはその言葉を歌詞の中から見つけ、その言葉にハイライトを当てて聴いている人に送ることである。そのためには、徹底的に歌詞を理解し、歌詞の意図するところを読み解き、それを声で表現することである。だから、「ディス・イズ・ア・ボーイ」という英語ではヴォーカルの意味をなさない。

今回のイベントで歌われた曲のなかにも何曲かVerseがついている曲がある。Verseは詩の朗読そのものである。したがって、メロディに載せた歌詞以上に言葉の表現が重要になる。一部の歌手のひとは、このVerseの部分を日本語で歌っていた。当然、詩の言いたいことはとても良く伝わってきた。英語表現によほどの自信がない限り、Verseの部分を日本語に訳し、その意味を十分理解して日本語でつたえることも良い方法だと思う。


この夜、歌われた多くはバラードだ。普段歌っている曲もバラードが多いのか、総じてバラードはレベルがたかかったが、さくらホールのように大きい場所ではアップテンポのリズミカルな曲も聴いていてとてもたのしかった。もっとリズミカルな曲を聴きたいと思った人もおおかったのではなかろうか。その点、最後に細川さんが歌われた“Mack the knife”はとても楽しく、リズムに乗って歌う歌い方のお手本を見せていただいた感がある。あのリズムに合わせた歌詞を弾ませてうたうところはとても参考になる。


ジャズは比較的低い音域でうたわれる曲が多い。その点、音域が高く声の透き通った人は選曲に苦労しているのではないだろうか。そのような人にとって参考にしてみると良いのはディズニー映画のサウンド・トラックの楽曲である。ふるくから多くの曲がジャズとして演奏され歌われてきているし、名曲も多い。これらのディズニーの曲はどちらかといえば音域が高く透き通った声で歌うととても美しい。まだジャズになっていない曲でも、ジャズに編曲してうたってもよいのではないだろうか。最近大はやりの「アナと雪の女王」の“Let it go”はジャズ・アレンジで聞いてみたい曲である。


ジャズ・ヴォーカル・フェスタは昨年から始まり、今年が第二回である。二回目にして飛躍的に質の高いイベントに成長している。ぜひ来年、再来年と続くことを期待している。まちがいなく、日本のジャズ・シーンの代表的なイベントになるだろう。とにかく、一晩に25人もの歌手のジャズ・ヴォーカルを聴けることは聴く側にとってはとても贅沢なチャンスである。ジャズは世界中で歌われている。今後は海外からの参加者も出てくるだろう。権威あるジャズ・ヴォーカル・フェスタとして育っていくのが楽しみである。

 



 
 日本ポピュラー音楽協会理事 / 東京都市大学総合研究所教授 / 元日本コロムビア社長
廣瀬禎彦

 
【プロフィール】
1943年生 慶応大学大学院工学研究科 修士課程卒業。日本アイ・ビー・エム株式会社、セガ、アットネットホームとコンピュータ〜インターネット業界の先頭を走り続けたその後コロムビアエンタテインメント(株)取締役代表執行役兼最高経営責任者(CEO)を歴任。輝かしいキャリアを生かし、現在は早稲田大学で理科系の分野の教鞭をとる。2013年8月、当協会理事に就任。


 
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